今日は専門的な内容の話題になってしまいますが、
心臓疾患の多くを占めている狭心症という病気に対する認識が大きく変わろうとしている歴史の転換期を迎えていますので、ここに記しておきます。
動脈硬化が進展していくと、血管壁にはプラークなどの不要な物質が蓄積し、血管はだんだん狭くなります。
この血管が狭くなっていく現象は、からだの全ての動脈に及びますが、徐々に狭くなっていく事が多く、症状がでるまでその進展具合はわからないことがほとんどです。
(人間の身体はゆっくりとした変化には鈍感なのです)
特に問題となるのは、血管の径が細い部分で、心臓へ酸素などを供給している冠動脈という血管がしばしば問題の中心になります。
冠動脈は径が2~4mm程度の血管であるため、徐々に動脈硬化が進んだとしても、他の血管に比べ早期に血流障害が起こり得ます。
具体的な症状としては、
駅の階段を昇ると最近胸が重苦しくなるとか、重いものをもつと胸が苦しくなる、以前は問題なく歩けていた距離も、少し早歩きで歩いたりすると息切れがひどい、などです。
奥歯の痛みという症状で、狭心症といった方もいらっしゃいます。
以前のブログにも書きましたが、
狭い血管を見れば誰でも元に戻したくなるのが普通の感覚ですから、いままでは心臓の血管に狭いところが見つかれば、カテーテル治療でそこを広げてあげましょう、という治療方針をとっていた訳です。
その流れが少しずつ変化したのでは、最近の事でした。
血管が狭くても、心臓への血流障害が起こっていなければ狭いところを治療しても意味がない
という臨床試験の結果が次々に報告されるようになりました。
そこで、日本でも最近になり過剰な治療をしないように、本当に心臓の血流障害が起こっている場合にだけ、保険適応で治療しましょうという流れになってきました。
まとめると、
心臓の血管が狭い ⇒ 心臓への血流障害がある ⇒ カテーテル治療
心臓の血管が狭い ⇒ 心臓への血流障害なし ⇒ 薬物治療
こんな図式で理解し、実際日本ではこのような治療をしておられた先生方が多かったと思います。
さらに時は進み、2007年に発表されたCOURAGE試験という臨床研究では、
血流障害があっても、カテーテル治療は十分な薬物療法を上回ることができないという結果が示され、この事実は多くの循環器医の考え方を変えました。
しかし、カテーテル治療を黎明期から支えてこられた先生方にとっては、自分が何十年もやってきたことが否定されることになります。
COURAGE試験は、確かに重症例が含まれていない、心臓への血流障害を客観的な検査で確かめていないなどの臨床試験としてのデザイン不足があり、いろいろな反論もあったことは確かで、日本ではこの試験以降もカテーテル治療が減ることはありませんでした。
そんな流れの中、最近AHA2019という国際学会である臨床試験が発表されました。
その試験の名前は、ISCHEMIA試験といいます(ISCHEMIAとは虚血、つまり血流障害のことです)
対象は、比較的重症を含めた、心臓への血流障害がある安定狭心症5179人です。
この5179人を対象に、薬物療法のみの群(保存的治療群) vs 薬物療法に加えてカテーテル治療を行った群(+バイパス手術含む)に分けて長期経過を確認しました。
いままでの常識通りであれば、心臓への血流障害があり、薬物療法にカテーテル治療まで追加していますから、
薬物療法に加えてカテーテル治療を行った群(血行再建群)が良好な成績が出て当然だ、と誰もが考えていた訳です。
結果ですが、
平均4.4年間の追跡の結果、
カテーテル治療を行った群では薬物療法のみの群と結果は同等であったばかりか、
治療後の一年半頃までは、カテーテル治療群の方がリスクが高いとの結果
となりました。
つまり、安定狭心症については、
心臓の血管が狭い ⇒ 心臓への血流障害がある ⇒ カテーテル治療 薬物治療
心臓の血管が狭い ⇒ 心臓への血流障害なし ⇒ 薬物治療
という結論に近い結果となりました。
これを受けて、ある先生は
「結果はショックだった。今まで何のためにカテーテル治療をやってきたのか」というコメントを述べられていました。
今回の結果から言えることは、
今までに急いで治療を行っていたような場合にも、少し落ち着いて薬物療法を行い状況によってはカテーテル治療も行うといったように、患者さん側には選択肢が増えました。
また、これからは、カテーテル治療が本当に必要な人を時間をかけて深く考えていくことが求められると思います。
誤解がないように書きますが、急性心筋梗塞のような急性疾患の場合にはカテーテル治療はゴールデンスタンダードです。
今回は徐々に血管が狭くなる、安定狭心症 という限定です。
しかし、カテーテル治療の大多数はこの安定狭心症を対象に行われていますから、今後日本でも狭心症に対するカテーテル治療は激減していくでしょう。
(アメリカでは既に減少しています)
狭心症の治療においては、医療の常識が大きく変化するまさに歴史の転換点が今です。
あれだけ毎日多くの時間を割き、必死に身に着けてきた治療が今後なくなっていく可能性がある、ということは個人的にも非常に驚きですが、こうやって医療は進歩していくんだということを肌で感じています。
時間の流れがとても速くなっているので、変化に対応していく能力が今後はどんな分野でも求められそうです。